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​根来の子守唄とは?

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​根来の子守唄とは

 この子守唄は、根来寺の不動信仰が盛んであった江戸時代から歌い継がれてきました。根来寺を中心として紀ノ川筋一帯と、南は有田地方にまで広まり、地域の風物や風景が盛り込まれており、情緒豊かな歌詞が特徴です。

 

 根来寺は、覚鑁が開いた伝法院を高野山から根来に移したことに始まります。大伝法院衆徒は根来の地へ移り住み、町を巨大化させていきました。

 室町・戦国時代には、生活を支えるため漆器や鍛治の職人たちが集住し、鉄砲や武具の製造も行われ、根来寺に登る坂の麓にある西坂本地区は大いに栄えていきました。

 

 天正13年(1585)年、豊臣秀吉の紀州攻めに遭い、根来寺は焼失。その後しばらくは再興は許されませんでしたが、江戸時代に入り、紀州徳川家の外護を受けて復興しました。根来寺の周辺は農村地帯となり、門前町である西坂本は、多くの参拝者によって繁栄しました。

根来の子守唄は、この町の歴史を伝承するとともに忘れ去られることなく唄い継がれています。

​根来の子守唄

1.ねんねん根来の よう鳴る鐘はヨ
一里聞えて 二里ひびくヨ


2.ねんねん根来の かくばん山でヨ
としょじ来いよの 鳩が鳴くヨ


3.ねんねん根来へ 行きたいけれどヨ
川がおとろし 紀の川がヨ


4.さんさ坂本 箒はいらんヨ
お不動詣りの 裾ではくヨ


5.さんさ坂本 室谷(むろや)の娘ヨ
嫁にいたとは 住蛇池(じゅうじゃいけ)


6.ねんね根来の 塔の堂の前でヨ
横に這うかよ 臥竜松(がりゅうまつ)よ

​7.ねんね根来の ようなる鐘はヨ

一里聞こえて 二里響くよ

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